「 海辺の石や種を運ぶ風や
木洩れ陽や雨音を
わたしにはつくることはできないけれど
ただそれに気がつくことはできる 」
今日までに多数の絵画、インスタレーション作品を発表してきた
さつかわゆん 個展。
《 なくなりつづけなりつづけている 》
今展示会では絵画作品の他には、
今までとは少し違うモノが置かれている。
それは光、空気、石ころとよばれる存在。
今展示会は会場が三部屋に分かれ、
個々の部屋が異なる装い、機能を果たしている。
ここでは一部作品をご紹介致します。
※ご来場されてからお読み頂くことをお勧めします
「 なにもないところで 」
部屋の隅に築かれていたのは、
とある言葉が封された封筒。
部数にして400部。
表面に記された作品タイトルは、
全て文字のかすれ具合が異なる。
タイトルは全てスタンプの手押しなのだ。
封筒たちの頭上には裸電球が吊るされていて、
光は封筒の表面を照らす。
封筒は封筒を足場にして、
更に高みを、光源に届こうとして。
救いや与えられた役割を果たそうと、もがくようにも。
今作品はお一人様一部までお持ち帰り頂けます
そして「 なにもないところで 」封を切り、
その言葉をご覧頂きます。
そしてようやく、
見えるようになる。
聴こえるようになる作品。
「 いつか砂に還る 」
ぼろぼろになった木製の台座の上に置かれたのは、
作家が日々拾い集めた、石や硝子、貝殻。
壊れ物を取り扱うように、
優しく台座に置かれた様子が容易に想像できる。
一つ一つ台座が与えられて、
一つ一つ名前が授けられた。
もうこれで、彼らはありふれたものなんかじゃない。
唯一、特別な存在。
ここに置かれた石たちは、
手放したくないくらい大切なコレクションだと言う。
色、形、手触り。
擦り減らされ、滑らかになった表面に
触れて、眺めて、付けられた固有の名前。
まるで化石のように、
活動の痕跡を語る。
私たちは過去、彼がなにものであったのかを
想像する旅に出る。
「 風の名前 」
薄汚れた瓶、試験管の数々は、
見えない存在をぎゅっと閉じ込めている。
何がそこにあるのかはラベルを見ればわかる。
空を飛ぶ為の <fly>
それを手に入れば、人間も飛ぶことが可能になるのかもしれない。
浮力か、もっと超人的な力の源か。
海の気配
気配は見えない。
しかしそこにはあるのだと思う。
もし、思うことが存在を可能にするならば、
私は思う。
触れていないけど、
私の中の海の気配、
潮の香りの記憶を。
「 風の集め方 」
「 風の名前 」のすぐ上に位置する絵画作品。
なるほど、こうやって風を集めたのか...。
ふざけているし、
一周して真面目なのかもしれない。
「 感情の標本 」
生物が抱える感情を可視化して、
プレパラートとカバーガラスの隙間に閉じ込めた。
どうにか、40種類の感情を採取できたようである。
「FUWAFUWA」とか「KOWAI」とか「OKORU」とか
こんな感情が私たちの内側で増殖することで、
喜怒哀楽、想いが表出するのでしょう。
もし、感情の形の共通認識が得られたら、
言語が通じない世界でも、
新たなコミュニケーションとして。
想いが見えたら
「 わたしだけの星 」
あなただけの星を見つける為の万華鏡。
底面部を光源に向け、作品上部の穴から覗き込む。
するとあなただけの星が表れる。
MANTEN , TASOGARE , YOAKEMAE の三種類。
身の回りにあるありふれた景色が、
光の粒に分解され、星になるまでの過程も楽しんで欲しい。
なお「 わたしだけの星 」はとても小さく、見つけにくい。
見つけようと思わなければ見つけ出せない。
それ程までに、貴重で微かな光である。
「 知りたがること 」
異なる形状の電球の表面に
断片的な景色が描かれている。
なお、配線はされておらず、灯されてはいない。
灯されない状態だからこそ、情景が表れる構図である。
マッチ売りの少女は、売り物であるマッチを擦り、
一瞬の暖と虚ろな夢を手に入れたが、
ここでは灯された後を想像し、
夢を見る。
「 知らないふり 」
水が注がれたコップの底に立ち尽くすマッチ。
マッチは一度濡れてしまうと先端の薬品が溶け出し、
発火しなくなってしまう。
だから、もう彼らは発火することはできない。
もう、夢見ることもできない。
それなのに、立ち続けているなんて。
— 続いて別室にて公開されている作品をご紹介いたします
「 やおよろずのかみさま 」
一室全体を使用したインスタレーション作品。
白色の円形の台座の上に寝かされているのは、
365種類、365個の透明なかたまり。
かたまりは、すべて私たちの身の回りに存在するものに
似せられて、形作られている。
動物であったり、花、食物、お化け...とか。
その全てがご神体である。
「 やおよろずのかみさま 」
かたまりの頭上からは、白い光が注がれ、
透明なかたまりのきわには影が生まれて、
周囲とご神体の間に境界線が引かれる。
ご神体であるかたまりたちは、
かろうじてモノの形を留めているだけに過ぎず、
また透明だからモノとしての視認性は低い。
「 かみさまは目に見えない 」
「 光の加減とかでふと見える、気がするものだから 」
そんな神の特徴を見事、物質で再現している。
また今作は1点単位で購入可能。
ご神体の中央部には穴が設けられ、
紐を通せばボタンとしても機能する。
「 すべてのものは関係し合っている。
そのことを表すためにボタンにしようと思った」
ご神体の頭上、ふと見上げれば、
真っ白な部屋を覆い尽くすように、
天井付近から計140枚の白紙が
おだやかに吊るされている。
この場で深呼吸をしてみた。
自分の呼気を受けて、紙がわずかに揺れた。
日々、あたりまえのように私たち取り囲んでいる
空気の動きが、この場所では強調される。
「 これは目に見えない風を見るための紙です 」
そして部屋の脇には木製の神棚が祀られていた。
神棚には、コップとノートと筆。
毎日当たり前に使っているものがあるのだという。
「 それは当たり前でなく、
それがあるおかげで私は生活できている。
だから改めて、それらに感謝する為に祀りました。」
続いて、手軽に買える作品、アートグッズをご紹介。
「 世界のはしっこが映るペンダント 」
一年半前に同じくDFGにて開催された個展
『 おはようまでおやすみ<展示の様子>』で発表された
ペンダントも展示/販売中です。
写真の作品は、今年一月に葛西臨海水族園で起きた
クロマグロの大量死のニュースを受けて制作されたもの。
以前、葛西臨海公園内で働いていたと身にとって、
衝撃的なニュースだったそうです。
水族館からいなくなってしまったマグロたちは、
消滅したのではなく、
涙の形のフレームの中に映る、
どこかにある世界のはしっこに辿り着いただけ。
そう、今も泳いでいることを信じて。
「 切手 」
最後にご紹介するのは、個展開催を記念して制作された
さつかわさんの絵画作品がプリントされた切手。
※見せかけではなく、実際に使用出来ます。
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作品は一貫して、見えないもの、見過ごしているものに焦点をあてている。
「ゴミ」と呼ばれかねない作品もあるし、
「そこ」には何も無いと呟かれる危うさもある。
それでも、本当にやりたいことがやれた
と、満足そうに答えてくれました。
ありふれてなどいない。
ありふれたものなど、
どこにもない、とよびかける。
「 なくなりつづけなりつづけている 」
この感覚を知る為に、
思い出す為に、
どうぞご来館ください。
さつかわゆん 個展
『 なくなりつづけなりつづけている 』
2015.3.3(火) までの開催( 最終日は17時までの公開)
一部作品をのぞき、大半の作品はその場でお持ち帰り頂けるため、
最終日間際だと作品展数が減ってしまう恐れがございます。
(ぱんだ)