ムラセマナブ 《 私の見たい感覚 》



恍惚とするような、そんな世界感を作ってみたい、とずっと思っていた
これまでも、これからも《想像》と共に生きたい
- 展示会DMより -


空気を切り取るように、シャッターを切る。

それは感覚という不可視の存在を、
どうにかたぐり寄せる為の手段なのだと思う。

フォトグラファー / ムラセマナブさんの個展、紹介致します。







ムラセさん、ご本人から言われたこと。
「とにかく自由に見て、自由に感想を聞かせて欲しい」

その言葉の理由は、プリントされた写真そのものを見て欲しいという想いから。
この想いは展示会直前、ご自身のブログでも綴られていました。


今まで、見てきた方はご存知かとは思いますが
マットは極力使用してきませんでした。
それは、写真のみを見せたい思いでした。
マットや額があるだけで必要以上に良いものに見えてしまうことがあるからです
素直に写真のみに集中してほしいという思いでした。


今展示会で展示されている写真作品は、
それぞれ異なる額をまとい、マットものせられている。

プリント以外の要素に身を包みつつも、
今日まで自分を縛っていた感覚から解き放たれている。

自由というのはこんな所にもあるんだ、なんて。

作品紹介に移ります。 



" Killings / 静かに壊れて "
2015 only edition


ちょっと特殊な位置に設けられている窓を眺めて、
額/マットの構成が、まるで花瓶みたいだって思った。

花瓶に生けられた花。
や、誰かに贈る花の方が近いかもしれない。

個人的な話、私は生花よりもドライフラワーの方が好きなのだけど、
とうに生命力を枯らした花の方が魅力的に感じるって感覚は、
作品のタイトルからも近しい気がするし、そうであって欲しい。

枯れる、壊れることで、前進することもあるって。



" Dear sir G.R /拝啓 "
2015 only edition


ムラセさんが敬愛する画家、ゲルハルトリヒターのオマージュ作品。
勿論、写真表現である。
※工程や解説の謎は是非会場で解き明かしてください。

タイトルもコンセプトも認識する前から、
遠目にも、これがまさに彼に捧げる作品であることが解った。

敬愛するリヒターを前にして、
ムラセさんが正装し対面する様を額とマットから想像した。

作家の服装が想像出来てしまう写真作品て珍しいなぁと思う。



" はじまり / caremony " (近接写真)
2015 only edition


寒々しい空間の中、
透明な容器、チューブ、ガラス片、染み。
モノとその表層に浮かぶ状態の羅列。

それは、人工的に何かを作り出す研究所かもしれない。

何かを作り出す為には、
何かの存在やきっかけが必要である。

人間の材料は水や炭素やアンモニアなど、
具体的に置き換えることはできるけど、
もっと純粋に、シンプルに、一言で言い換えたいものだ。

そのその一言が想像も付かない親子関係を匂わせるものだとしたら、
そのドラマを是非見てみたい。


私の、あなたのはじまりは、なにか。


" there / 向こう側へ "
2015 only edition


像は言葉に出来ない感情を生み出して、
言葉は、見える想いを生み出すきっかけになる。

写真単体とタイトル/キャプションで二度美味しい。
私はそうやって作品を鑑賞、楽しむ。

ブログでこうやって言葉を綴っている内に、
内なる感情とは遠ざかる感覚に襲われることが多々あるが、
全てが正直であるならば、それで良いと思う。

この作品の像を眺めて生まれた感情は、
どうしても言葉にできないから、しないことにする。
だから、作品をどうぞご覧ください。

今作は鑑賞する側として、長く付き合える作品だと思う。
セピアの桜三角の額の印象は、プリントとぴったりだ。



" 絵空事 / dreaming "
2015 remix


過去の展示会で発表された「絵空事」シリーズのremix、再構築版。
このremixという響きは、音楽CDを思わせる。

焼き付けた情報を印画紙に落とし込む為に、
どうしたって変換の作業が必要となる、避けられない。

だから全てはremixとも言えるし、
その都度、元ある形をどうアウトプットしようか、
その都度、考えなければいけないから。



" 絵空事Ⅱ / dreaming "
2015 remix



過去から現在までのアートワークを思い返してみても、
やはりムラセさんの写真作品は白が似合う。
そのイメージが長いこと続いていた。

それは、多くに染まり、変化し易い存在である。

様々な試みがありつつも、
やはりこの白色に安心してしまうのは、
自身のイメージと感覚を定着させる為の
はじまり/起点として最適な色だから、馴染むのだ。



ムラセさんの作品を眺め、興味を抱いたとき、
口からこぼれるのは、直接作品に関わることではなく、
一見、全く関係なさそうな「なんとなく」の欠片かもしれない。

でもそれが、ムラセさんの見たい感覚に細胞レベルで
繋がっている可能性は、高い、と思うのである。


ムラセマナブ 『《 私の見たい感覚 》』
会期:2015.2.23mon - 2015.3.1sun
http://www.murase-films.com

(ぱんだ)