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タカハシ マホ


タカハシ マホさんの個展

" わ る い 子 "

WEST : 1-D にて開催中



私が死んだら
貴方のそばに置いて


傍らに居るくまのぬいぐるみは、幼い頃から
黙って、彼女に寄り添い、生きてきたのではないか。
胸元のチャックを開くと、血肉のかわり、綿のかわりにと、
花弁がおさまっている。

また、溢れ出した花弁は足下にまで広がって、
用意周到、手向けの花のようだ。

人形は勝手に逃げたりしないから。
嫌がったりなどしないから。

こんなにも一途に彼のことを想うのだろう。




ぱらぱらと
聞こえたの


頬を伝う涙にまぎれて、
色とりどりのボタンと記号が舞い落ちる。

涙が地面に叩き付けられたとしたって、
大した音も響きやしない。
これほどまでに心身を痛めつけられて、
やっと出て来た結晶だというのに。

もし、涙の一粒毎に、想いと形を与えられたとしたら、
こんなに美しい涙を僕は流せるだろうか。

何に出逢えれば、叶うのかな。



未だ


ご祝儀袋で見られる、水引き。
これは一度きりを意味する、結び切り。
一度結んだら、もうほどけない。

その両端で手綱を握るのは恐らくアゲハ蝶の幼虫とサナギ
成長過程の生物の狭間で、女学生は同じラインに立たされて、
尚かつ逃げ場を封じられてしまった。

でも、行動に制限をかけられているだけで、
それでも彼女は生きていけると思う。





結び切り、それは何度も結び直すことがないように。

時が満ちたら、女学生だって、いつかは大人になる。
でも、それは放り出されるものではなく、
自立、自力で踏み出すもの。

でも、今は、未だ、
どうか優しく包まれたまま。

一度きりのモラトリアムを






こちらの作品は描画後に樹脂でコーティングが施されています。
そのふくらみ、光沢がこれまた見事で。

瑞々しい作品の上に、更に水を注ぎ、
表面張力の限界、瀬戸際で、
少女も金魚もゆらゆら泳ぐ。

10月08日(月)までの公開となります。

(ぱんだ)