「言葉とドローイング」
その響きを頭に入れながら、展示を拝見してきました。
線は記号になり、線は文字になる。
その線が紡ぐものは何でしょう。
今回は二部屋を利用されているSEKORABAさん。
一部屋はアトリエ兼控え室、もう一部屋は展示会場。
アトリエからは音楽が流れ、その空間でドローイングをされていました。
今回は展示スペースに焦点を当てたいと思います。
大きい用紙にどれだけのインクが落とされたのか。
細部のそれぞれが細胞核のように。
太い線、細い線。
二種類の線が集合して作品が立っています。
線の総数も特徴の一つですが、その軌跡の総和、絡み合いこそが
最も目を引きました。
この一枚は作品の拡大写真。
SEKORABAさんの作品は引いた時、近づいた時とで表情を変えます。
それは私たちの人間の能力による所が大きいのでしょう。
写真のように部分的に注視すると気付く。
ほんの数ミリにも満たない単線にも込められて、
線の両端の抜き差しからも伺えるSEKORABAさんの制作に対する姿勢。
それは次にご紹介する「言葉」にも強く現れています。
文字というよりも記号、図形という印象を与える、
SEKORABAさんの生み出す言葉、文字。
手書きであることを疑問視してしまうほど、
一文字、一文字の佇まいに目視線が奪われる。
文字の形状だけでなく、
その言葉の選び方、並べ方にも僕は惹かれました。
難しい言葉、辞書を引かなければいけない言葉は無くて。
単純な単語の頭と尻を繋ぎ合わせて文章が出来上がります。
作品が出来上がります。
難しい言葉で複雑な内容を説明するよりも、
簡単な言葉で複雑な内容を説明する方が難しくて。
簡単な言葉を繋ぎ合わせて出来上がった文章だから、
多くの人にわかりやすい形で伝わるのです。
丁寧に描かれた作品/文字。
しかしながら、決して読みやすいものではありません。
作品に向かい合うという意思が無くては、
視線が留まること無く、流れさってしまう。
自らで意識的に
SEKORABAさんの引いた線を追いかけなければなりません。
目で思考で。
スペースで配布していたレジュメの一文を掲載します。
「自分の中にある、最も自分らしいものを探し出し、それを描き、
人の目に晒すことで、人の心の中にその痕跡を残したい、という思い。
それが「DNAを描く」ことであり、「DNAを残す」ことなんだと思う。」
どこまで登れるかな。
ゴールではなく、ただ高みを目指す姿が作品から見えるのだから。
展示期間は来週の月曜日までとなります。
是非、ご来場ください。
拝見できて良かったです。
ありがとうございました。
(ぱんだ)